また会えるといいな (赤ずきん10題 ・ 04)
「異國の娘」より。
胸騒ぎを覚えて、郷の入り口まで降りてきたシロが目にしたものは、すっかり旅装を整えた少年の姿だった。
「リキ……!」
思わず呼びかけると、振り返った少年は意外そうに目を見開き、一瞬苦しげな表情を見せた後、すぐに何でもないように微笑んだ。
「なんだ。見つかっちゃったのか」
こっそり出て行こうと思ってたのに。いたずらっぽく言い足して無邪気に笑う。いつものリキだった。
「出て行くの……」
間の抜けたような言葉しか返せない。
いつかはいなくなると思っていた。
突然自分の前に現れた少年が、口ではどう言っていても、そういつまでも自分の元にとどまるわけはない。
頭では理解していた。いつも、自分に言い聞かせていた。
けれど、不思議と、もっと深い心のどこかで、この少年はずっと自分と共にいてくれるような、そんな期待があったことに、今更ながら気づかされる。
ずいぶん虫のいい話だ。
異形の自分に、そんな人間が存在するはずもないのに―――
「まあね。シロのところももちろん楽しかったけどさ。けどほら、おれってば根っからの旅人なもんだから。そろそろまた、他の場所も見に行きたくなっちゃってね」
「そう……」
おどけたように両手を広げて笑うリキに、シロは落胆しそうになる自分を律して、努めて無表情に答えた。
元より感情の表れにくい鉄面皮を持つ少女だ。異形とも伴い、今まで彼女の心情を理解しようとする人間はいなかった。
けれど、どういうわけかこの少年は、巧みに彼女の気持ちを読んだ。時には、自分自身でさえ気づいていなかった感情さえ、言い当てられた。
だから、シロが意識して無表情を繕おうとするのは、リキの前でだけだった。
シロが律する感情を知ってか知らずか、リキは飄々と続ける。
「けど、確かに黙って出て行くのは悪かったかもね。シロにはさんざん世話になったわけだし。ちょっとは怒った?」
笑った表情を変えずに自分を覗き込む視線に、シロは静かに首を横に振ることで答える。覚悟していたことだった。
―――とっくに、覚悟していたはずだった。
なあんだ、と、がっかりしたように肩をすくめた少年は、ふと真顔になると、ひたと少女の瞳を見据えた。
「諦めるなよ、シロ。あんたが持っていないものは、あんたが勝手に諦めてきたものだけだ。望めば手に入るものばかりだ」
年下の少年とは思えないような、深い瞳の色だった。いつも、その瞳に見つめられると、吸い込まれそうになる錯覚さえ覚える。
戸惑いながらもシロがうなずくと、満足そうに笑い、リキはそのまま身を翻した。
軽く手を上げ、つけ加える。
「幸せになれよ!」
最後にひとことを放って、そのままその場を去ろうとするその背中に、思わずすがりつくように言葉を投げかけていた。
自分でも意外だった。
「また……会える?」
自分の言葉に狼狽するシロの前で、立ち去ろうとする背中はしばしその動きを止めて―――
「ああ、きっとね」
振り返った表情は、屈託のない笑顔。
けれど、シロにはわかった。直感で理解してしまった。
―――もう、リキは自分に会うつもりはないのだ。永遠に、自分の前から去ろうとしているのだ―――
それがわかっても、どうすることもできない。
今度こそ遠ざかる背中を見送りながら、てのひらを握り締めて、シロはその場に立ち尽くしていた。
だって、自分は何一つ持っていないのだ。
彼を引き止める権利も、方法も、そして―――理由さえも。
赤ずきん10題 04「また会えるといいな」より、リキとシロでした。
赤ずきんという題材にも、「また会えるといいな」というお題にもあんまり対応していない気がしますが……(駄目じゃん)
シロの、心の中でさえ言葉にできない、それが本音なのだと思います。
ざかざか書きなぐっていた異國場面切り取り小話の中では、割と気に入っているもの。
けれど、本当に切り取りでしかありません…^^;
この前にどんな展開があったのか、この後どんな展開があるのか、それは私にもわかりません(笑)
2007.4.7
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