それは絶えることを知らず

 

  


竹芝は朝が早いため、自然と夜も早くなっていた。

夕陽が西の空に沈めば家族で炉を囲み、月が空たかく昇る頃には炉の火は落とされ、それぞれの寝所に戻り休むのであった。




阿高といえば寝つきは早く、眠りは深い。

それでもその夜は、傍らで眠る娘の悲痛な悲鳴で飛び起きた。



その日も、いつもと変わらず阿高は馬の世話をしたり狩をしたりして一日を過ごし、苑上は煮炊きをしたり着物を仕立てたりして一日を過ごし、その日の出来事を二人で語り合いながら穏やかに眠りについたところだったので、驚いた。




「鈴、鈴!?どうした!?」

ぽっかりと開いた両の瞳から次から次に涙を流し、耳を押さえて悲鳴を上げ続ける苑上にただ事ではない様子を感じとり、阿高は狼狽する。

開いているが瞳はどこも見ておらず、肩をつかんでゆすってやると、苑上はようやく阿高をぼんやりと眺めた。

「鈴、どうしたんだ?」

再び問うてみれば、今度は阿高の胸に倒れこむようにして泣き崩れる。

「わからない、わからないの、わたくしにも。でも、とても胸が苦しくて・・・っ!大切なものを失ってしまったような気がするの・・・っ」

自分の意識を取り戻した苑上に半ば安心しながら、それでも止まることを知らない涙に、阿高はわけもわからず、ただただその小さな体を抱きしめてやるしかなかった。













苑上の涙のわけが判明したのは、その半月後。

都からの旅人によって、その情報はもたらされた。









            曰く、桓武帝、崩御。


  そして、跡を継いだ平城天皇と、その弟皇子が水面下で争いを始めていると。






   

      

川岸に座り込んで、着物を冷たい水に浸している苑上を見つけ、阿高は歩み寄った。

見つけたはいいが、どうすれば良いのかわからず、ただその傍らに同じように座り込む。

父親が死んで、兄と弟が争いを始め、塞ぎこんでいる少女に、かける言葉も見つからない。

(・・・何を言ってやれば良いって言うんだろう・・・)

我ながら情けない思いにとらわれていると、ふと苑上が口を開いた。


「・・賀美野は・・・、賀美野も、捕らえられてしまったのかしら・・・?」

「え?」

「賀美野も、皇の怨霊に捕らえられてしまったのかしら?」



(あの恐ろしい闇は、わたくしたちの中から出たものなの)
(わたくしたちは、そういう兄弟なの)



思いつめた表情から、出会った頃に彼女が自分に告げた言葉が阿高の脳裏に蘇った。



「阿高が、命を懸けてわたくしたちを救ってくれたというのに・・・。皇は、やっぱり繰り返してしまうのね・・・」



今にも壊れてしまいそうなその表情を見ていられず、阿高は苑上を抱き寄せた。



「鈴、賀美野を信じろよ」


大丈夫、大丈夫だから。


「お前の身代わりになって伊勢に行った、お前の弟だろう?お前を武蔵に連れてくる手引きをしてくれた、お前の弟だろう?」


あいつは違うから。お前は違うから。



「・・・有難う・・・、阿高」

































平城天皇を退位に追いやり、賀美野が嵯峨天皇と名を変えるのは、その4年の後のこととなる。











あとがき…?

お題から移動してきました〜!
当時、「薄紅」のお話の後で勃発する兄弟の争いを、苑上がどのように受け止めたかを書きたくなってしまったのです・・・;
つきましては、本来ならば桓武帝崩御は「薄紅」の翌々年の平安京遷都の更に12年後になるはずなので、阿高と苑上ももう30を越えているはずなのですが、30代の阿高・苑上を描く自信がまるでなく「薄紅」から数年後と言う設定にしてしまいましたことを、原作者様、登場人物様、読者様にお詫びします;
ごめんなさい(大汗) 
もう少し筆力があったらなぁ・・・
(遠い眼)時代背景、その他もろもろざっと調べただけなので、ぼろがたくさんあると思いますこともお詫びしておきます・・・ッ! 

嘘言いまくりの小説です(涙)