黄昏の邂逅


「ロキ、くん?」

なぜ、そう思ったかはわからない。
いつものように、いつのも時間に探偵社に訪ねてくると、迎えてくれるべき人物がいなかった。
ここ2日、そんなことが続いている。

いつも彼女を迎え入れてくれていた少年がいない。
どこかに出かけたにしても、連絡もなければ、彼を探すべきあてもない。

(まるで、あの時のよう……)

彼女 ---大道寺まゆらは、途方にくれていた。

どうすれば良いのかわからないまま、開かない扉の前に座り込んで暮れゆく空を眺めている時、通りの向こうから長身の人影が近づいてくることに気がついた。
先程の呟きは、その時に漏れたもの。

(なんで、「ロキ君」……?)

逆行で顔が見えないことを差し引いても、体格からして明らかに違う。
それでも。
口にしてしまうと、なぜか確信めいた直感が、彼女を射抜いた。

(この人、ロキ君と「同じ人」だ……)

言われた方の長身の彼は、信じられないものを見るように大きく瞳を開いた。
次いで、その美しすぎる顔を歪めた----ように見えた。
まるで、泣き出す一歩手前のように。
でもそれは一瞬のことで。
次の瞬間には、まるで何事もなかったかのように、にっこりと人好きのする笑みを浮かべて青年は言った。

「こんにちは、お嬢さん。また会ったね」

 

           

どうして彼女が、その名で自分のことを呼ぶのだろう。
彼女のよく知る姿とは、全く違う姿をしているというのに。

夕闇の中、頼りなく、ぽつんと座り込んだ彼女。
あてどなく視線をさまよわせるさまは、どうしようもなく無力で。

(名乗ってしまいたい……)

今のこの姿でなら、彼女をすっぽりと腕の中に包み込むことができるのに。
消えてしまいそうに無力な彼女を、この地に結んでおくことができるのに。
一瞬の誘惑は、けれど決して叶えられるものではなくて。

自分はまだ、時間の許される限り、彼女のそばにいたいから………

 

 

青年の声に我に返ったように、まゆらはまばたきをした。

(いやだ、ロキ君のわけ、ないじゃない)

照れ隠しのように、笑う。

「また会いましたね、神サマ」

けれど、一度芽生えた確信は消えなくて。
自分を神と名乗る、この不思議な青年が、本当にロキであったとしてもおかしくないような気もしてしまう。

「またいなくなっちゃったの?『ロキ君』」
「はい。でも私、信じてますから。あの時みたいに、ロキ君は私のところに帰ってきてくれるはずだって」

願いを込めるような真摯な眼差しで、ひた、と青年を見据えてまゆらは言う。

ロキは、投げかけられた言葉より、投げかけられた視線に、言葉を失った。

(あなたは、私と一緒にいてくれるよね?)

彼女の瞳はそう語っている。
ひたむきに、健気に。
けれど、その瞳がふと翳った。

「……でも時々、私のこんな気持ちがロキ君の足枷になってるのかも…って思ったりもします。ロキ君って不思議な子で。私たちとは違う世界に住んでるみたいで。もし私が、こんなにたよってばかりでなかったら、本当は行きたい所があるのかも……とか…」

「そんなこと、ないよ」

彼女の苦しげな呟きに、思わず手が伸びた。
長い髪を、絡めるようにして掬い上げる。

 

彼女がそんなことを考えているなんて、知らなかった。
自分の存在を、それほど不安定なものと捉えているなんて。
だって彼女はいつも笑っていたから。
いつだって、くるくるとよく動く表情で、元気に笑いかけてくれていたから。

不安なんて、ちっとも見せたことがなかったから……

 

「……あの?」

きょとん、と大きな瞳に見つめられて、我に返る。

気がつくと、びっくりするほど近くに彼女の顔があった。
呼吸がかかるほど近くに。

「!!」

ロキは慌てて、まゆらから身体を離した。
指先にかかった髪が、名残惜しそうにさらり、と落ちる。

(なにを……ボクは……?)

混乱する彼に、まゆらはふわりと微笑みかける。

「有難うございます」
「え…なにが?」
「また話を聞いてもらっちゃって。『そんなことない』って言ってくれて」

少し首を傾けて、照れたように笑う。
ほんのりその顔が、赤く染まって見えるのは。夕焼けのせいだろうか。

一瞬見惚れ、そして少しだけ余裕を取り戻したロキは、ゆっくりと笑った。

「だって本当にそう思うからね。『ロキ君』にとって、キミは大切な存在なんだと思うよ」

彼女への想いが自分を人間界に留めているのもまた事実。
けれど、それは決して足枷などではなくて……


心を込めていうと、彼女は大きく破顔した。


何心ないその笑顔を見て、彼は自分の心が癒されていくのを感じる。
大きな満足感と、少しだけの罪悪感。

早く、彼女に『会いたい』。

 

それじゃあね、と立ち去りかけると、引き止めちゃってすみません、とまゆらは頭を下げる。
そんなことはないよ、と笑って、ロキはゆっくりと彼女の視界から立ち去った。

 

 

今度こそ彼女に『会って』、安心させてあげるために。

 

 

 

 

 


あとがき…?

初めて書いたロキまゆ小説です; ロキまゆなんだか、覚醒ロキまゆなんだか迷うところですが…(どっちでもいいか)
創作、というより私の願望、という感じです(…)
なにやら覚醒様がヘタレ……(哀)