「ほらっ!行こうよ!」
「ええ〜…。嫌だよ、面倒くさいよ…」

よく晴れた朝。一月一日、元旦。
この日、一ノ宮家では、毎年恒例となった主従のやりとりが行われていた。

「何言ってるのよぉ!神様に不義理のできる身じゃナイでしょ!?罰当たりなこと、言うんじゃありません!」

肩口で切りそろえた髪を揺らし、拳を握り締めながらヨーコは呆れ果てて主を見下ろした。
勘太郎と一緒に暮らすようになって、もう二桁の年月を数えるが、この主には全く進歩というものが見られない。

「何も、一番人手の多いときに好き好んでお参りに行くこと、ナイでしょ〜」
「初詣にも行かないで、今年一年、どう神様に顔向けできるって言うのよぅ」
「…だったらヨーコちゃん、ボクの分もお参りし……」

はっ、と不穏な気を感じて勘太郎は口をつぐんだがもう遅い。
痺れを切らせた妖狐の盛大な雷が落ちたのは、その直後だった。


 


             

          
 願い事

 






最寄の神社といえば、家から歩いて半刻ほど。
常ならば散歩がてらにそぞろ歩いて何の不服もない距離だが、多くの人間が行き先を共にしているとなると話は違ってくる。

「ほらっ!お社が見えてきたよ!すごい人だねぇ〜」

何やらブツブツ不平を漏らしながら下向き加減に歩く主を尻目に、ヨーコは嬉しそうに社を指差した。

一年の始まりは、やはり神社に詣でて一年の抱負を誓うなり、神頼みするなりしないと始まらない。

生き生きと笑うヨーコを恨めしげに見やりながら、ようやく勘太郎は諦めたように溜息を漏らした。
いくら不平を並べてみたところで、彼女の嬉しそうな笑顔には敵うはずもないのだ。

「あ、ヨーコちゃん、甘酒売ってるよ!」
「お参りが終わったらね。あ、勘ちゃん、お賽銭はケチケチしちゃダメよ?」
「えぇ〜、でもナイ袖は振れないしぃ…」
「お馬鹿っ!」

去年の破魔矢を納める人、厄除けに煙をかぶりに行く人、生まれたばかりの赤子を抱いている人。
様々な人が一年の始まりに、神の恩恵を求めて集まってくる。

(ヨーコちゃんたら、ボクよりも人間らしくなっちゃって…)

心の中ではぼやきつつ、でも勘太郎は穏やかな表情を浮かべていた。
神様に不義理のできる身ではない。
確かに彼女の言うとおりだ。
けれど、彼女に出会うまでは、人波に入っていく気にもならず、ひとり寂しく新年を迎えていたのもまた事実。
従属を誓った妖狐と共に暮らすようになってからの年月を思えば、人との関わりに慣れていない、などとはもう言えないけれど。


「あ…あれれ…?」
「あー、もう!」


社殿に近づくに比例して増大する一方の人口密度にやる気全開だったヨーコがうろたえだすのを見て取り、勘太郎は溜息と共にしっかりとその手をとった。

「…勘ちゃん?」
「このくらいの人混みで迷子になっちゃうなんて、ヨーコちゃんも修行が足りないね〜」
「ま、まだ迷子になってなんかいないでしょ!」
「ほらっ!お祈りしようよ!」

赤面するヨーコを満足そうに見やると、勘太郎は賽銭を取り出した。
目的を思い出し、ヨーコも慌ててそれに倣う。


    パン、パンッ!


大きく柏手を打つと、二人は深々と頭を垂れた。





「ああ良かった。これで今年一年、安泰に暮らせるといいね」

無事お参りを済ませて上機嫌のヨーコに勘太郎は苦笑する。

「神様にお祈りしたくらいで願いが叶えば苦労はナイよ」
「まぁた不遜なこと言ってぇ〜!そりゃあもちろん、勘ちゃんはちょっとくらい苦労するべきだと思うけど」
「ヒドイなぁ、ヨーコちゃん。それってどういう意味さ」
「自分の胸に手を当てて考えてみなサイっ!」

プイ、と横を向きながらも、ヨーコはすぐに表情を明るくした。
甘酒を振舞う出店を発見したのだ。

「勘ちゃん、甘酒欲しいって言ってたよね!行こう!」

ほっとしてみせたり、叱り付けてみたり、かと思うと途端に優しく微笑んだりして。

(敵わないなぁ、もう……)





器の中で湯気を立てる甘酒が、ほこほこと手の中で温かい。
少しずつその熱い飲み物をすすりながら、勘太郎は思い出したようにヨーコに尋ねた。


「そういえばさぁ、ヨーコちゃん、あんなに熱心に一体何をお祈りしてたワケ?」

同じく幸せそうに甘酒に息を吹きかけていたヨーコは、少しの間驚いたように眼を丸くして、次いで少し意地悪そうに笑った。

「そりゃあ、今年こそ勘ちゃんが二人分の食い扶持を稼いでくれますように、とか、今年こそ勘ちゃんが締め切り破りをしませんように、とか、今年こそ勘ちゃんが……」
「う……っっ!?」

得々と語りだすヨーコに、勘太郎本気で嫌そうに顔をしかめた。
その顔を見て、満足そうにヨーコは説明を止める。


(今年こそ勘ちゃんが、鬼喰い天狗に会えますように…とかね)


「そういう勘ちゃんは、一体何をお願いしたのよ?」
「ナイショ。だって、他のヒトに言っちゃったら、願いは叶わなくなるんだよ?」
「ええぇっ!?何ソレーー!?」

今度は勘太郎の方が満足げな笑みを浮かべる番だった。









(だから、ボクの願いは教えてあげないよ)




願うことは、いつだって同じだから。

どうか、いつまでも一緒に…………









あとがき…?

『タクティクス・ノーマルラブ同盟』様にお捧げしたものです。
ノーマルラブといえば王道は勘ヨー。でも書いたこと、なかったです。
やっぱり勘ヨーは和みますね。お互いを慈しみあっている感じがね。
微妙に、どころではなく季節がずれていたりしますがご容赦ください;

これからもノーマルラブ、ばりばり応援の方向で!(頑張れ)