君が、大切なんだ
フィリエルが消えた。
『壁』の外で文字通りフィリエルが姿を消してから、すでに三日が経つ。
イグレインは、無事ユーシスにこの事態を伝えられただろうか?
否、伝えられたとして、あいつにこの事態がどうにかできるとは、思えない。
あまりにも常識外れで。
ぼくは、いまだに目の前で起こった出来事が、信じられなかった。
まさか、消えてしまうなんて。
竜に踏み潰されるよりはマシだとは、考えられなかった。
フィリエルがいない。
どこにいるか、わからない。
それだけでも、不安で、心配で、胸が張り裂けそうになるのに。
消えるなんて。
目の前で消えてしまうなんて。
激しい焦燥感で、目が眩みそうだ。
フィリエル、フィリエル、どこにいる?
何度叫んだか、わからない。
返事は、ない。
ぼくが異端にまみれた殺人者でも構わないと。
それでもずっとついて行くと。
そう宣言したのは、ついこの間のことなのに・・・・。
もちろん、僕はフィリエルの申し出を受け入れるつもりはなかった。
『壁』の調査が終わったら、彼女をユーシスの元に送り届け、また行方を眩ませるつもりだった。
フィリエルは、いわば僕の聖域だった。
暁色の髪と、強い意志を秘めた瞳を持つ、光の聖女。
侵すことのできない、神域。
フィリエルは、時に太陽のように僕を照らし、時に小さな花のように僕を慰め、時に風のように僕をいざなった。
フィリエルは、セラフィールドの大地そのものだった。
そして------
星仙女王の血を引く、直系の王女。
彼女が光り輝けば、輝くほど、僕は彼女のそばにいることが許されない。
暗い思念と、異端を抱えた僕は、決して彼女とともに歩むことはできないのだから。
でも。
でも、こんな別れを想定していたわけじゃない!
フィリエルには誰よりも幸せになって欲しいから・・・!
だから、信頼に足ると思ったユーシスに彼女を託し、安全な王宮に置いてくるつもりだった。
たとえ、二度と彼女に会うことがなくなっても、彼女が幸せに暮らしているならば、それで良かったんだ。
なのに、どうして・・・!
「フィリエルッ!」
答えるのは、がさがさという葉の音と、彼女が『ルー坊』と名づけた獰猛な獣が寂しげに鳴く声だけ。
どうしたらいいのかわからない。
どこを探せばいいのかすら、わからない。
博士、僕は、こんなにも無力です。
目の前で彼女を見失ってしまった・・・。
天文台で学んだ知識も、ヘルメス党で得た力もなんの役にも立たない。
フィリエルが存在しない世界になんて、なんの意味もない。
ああ、フィリエルが戻ってくれるなら、僕はなにを失っても構わないんだ。
だから。
頼むから・・・!
その時。
茂みに鼻面を突っ込んでいた『ルー坊』が、ぴくりと顔を上げた。
一瞬後、森のしじまを破る轟音が、耳をつんざく。
火薬だ!
・・・まさか・・・?
期待するのは、後が恐い。
もしかしたら、他のヘルメス党員の合図かもしれないじゃないか。
それでも、考えるより先に、体が動いた。
『ルー坊』を追って、一直線に音のした方向に進む。
森の中に座り込む、暁色の髪を見つけたときには、あんまり思いつめて、幻覚が見えたのかと思った。
「消えないでくれ!たのむから!」
抱きしめると、きちんと感触がある。
温かい体温が、布越しに伝わってくる。
僕の声に、答える声がある。
----------フィリエルが、戻ってきた・・・。
もう、君を離したくないよ。
君が、大切なんだ。
あとがき…?
うわぁ、「ほんのりラブ好き」としてはめっちゃ恥ずかしいです、甘甘です///
でも原作で一番好きな部分がここなんです;
フィリエルが消えてしまったとき、ルーンサイドではどんなことがあったんだろう、ルーンはどんな気持ちで過ごしていたんだろう、というところが私の知りたいところで。
実際はもう何にも考えている余裕なんてなかったかもしれないですけどね。
願望と妄想の産物です(恥)