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  自覚

 

初めて会った時には,母犬を見失った子犬のようなやつだと思った。
足元もおぼつかないような頼りなさでおれたちに必死についてくるさまは、見ていてうっとうしくもあったけれど、竹芝では一番の年少者として扱われてきたおれには、弟分ができたようで嬉しくもあった。

「鈴」

呼べば嬉しそうに笑ってついてくる。それは尻尾を振るちびクロにもよく似ていて、一層犬コロのようなやつだと思った。
けれど、犬コロはおれの禍禍しい姿を知った上でおれに救いを求めてきた。
真っ黒な瞳でまっすぐにおれを見つめて、おれの事を怖くないといった。

鈴が自分の事を皇女だと告げたときも、驚きはしたけれどおれの気持ちは変わらなかった。
鈴は頼りない犬コロで、だから守ってやらなければと思った。
自分のことを救いの主だと思った事はないけれど、鈴の事は守ってやらなければと思っただけだった。


救われていたのはおれのほうだったと気づいたのは、もう少しあとの事。



「阿高」

なじんだ声に振り向くと、見なれない姿をした鈴がはにかんだように笑って立っていた。
花の色の着物に萌黄の前掛けが映えて、まぶしいようだ。
輪にして結う事の多かった髪を背中でゆるくまとめた姿は少し大人びていて、それでいてやはり真っ黒な瞳は子犬のようで、その不釣合いがかえって可愛らしく見えた。

「どうしたんだ、その格好?」
「えへヘ、似合う?美郷さんに見繕ってもらったの。」

嬉しそうに鈴はくるりと回って見せる。

出会ったときからずっと男の子の格好をしていた鈴は、竹芝への道のりでも、馬に乗りにくいから、とやはり賀美野の用意した袴をはいていた。
一時だけ身につけていた内親王の着衣も、そのほとんどが旅の途中で路銀に変わってしまっていた。
思えば鈴の女の子の格好を見るのは、とても稀なことだった。


「似合うよ」

おれが本心から言うと,鈴は少しだけ驚いた顔をして、そしてくすぐったそうに笑う。

「ありがとう。美郷さんに竹芝で生きていく方法を教えてください、と言ったの。煮炊きも洗濯も着物の仕立ても、初めてだけれど今日からやっていくつもり。」

見れば鈴の指先は、火傷やら切り傷やらで赤くなっている。

「そんなに慌てなくていいよ。昨日竹芝に着いたばかりなんだ、もっとゆっくりしていていいんだぞ」

思わず言うと、鈴はううん、と首を振った。

「いつまでも皇女の自分に甘んじてはいられないもの。わたくしはわたくしのできる事をやっていくつもり。」


鈴が内親王だと知ると、親父さまも三郷姉も、兄達も仰天したが、やはり温かく迎え入れてくれた。
その待遇に甘んじないで、鈴は普通の娘として生きようとしている。
笑った顔は明るく、前向きな決意に満ちているが、その気丈さがなんだかいじらしくて、おれは思わず鈴の手を取った。

「・・・これは、どうした?」
「え?これは,なんでも・・・」

慌てて引っ込めようとする手をおれは強く握る。

「あ・・・阿高?」

山道を少し歩いただけで足にまめをつくっていた鈴が、薪のくべ方も知らなかった鈴が、竹芝で生きていくことが、容易いことのはずはない。
どうしておれはいつも気がつかないのだろう。
笑顔の裏で鈴がどんな苦労をしているか、少しも考えてみた事がなかった。
この小さな手に救われているのは、いつだっておれのほうだ・・・。


「鈴が、大切なんだ」


ぽつりと言葉がこぼれる。


「え?」

「傷つけたくないと思う。大事にしたいと思う。・・・でもこの傷は、竹芝で生きていくためにつけたものなんだな・・・」

「そんな大袈裟なことではないわ。こんなの傷のうちにも入らないでしょう?」

戸惑ったように鈴が言う。
嘘をつけ。内親王として生きてきたお前が、そうそう傷などこしらえていたわけがない。
・・・でも。
「傷つけたくないと思うのに・・・」

そこまで言うと、おれは頭を抱えて座り込んでしまった。

「あ、阿高!?」
「ごめん、何を言ってるんだろうな、おれ」

ひどい自己嫌悪がして顔が熱くなる。
おれはなんて勝手なことを考えているのだろう。鈴の笑顔の裏の苦労を知って、申し訳なく思うよりも強く、嬉しく思うなんて。

・・・・・・嬉しく思ってしまった。

鈴が竹芝で生きていこうとする決意がまっすぐに伝わってきて。


「阿高」

すっと鈴はかがみこむと、おれの顔をのぞき込んだ。

「私が今まで生きてきて一番辛かった事は、阿高が死ぬ覚悟で飛び立ってしまったときの事。次に辛かったのは、阿高のことを忘れて内親王に戻ろうとしたときの事だったわ」

「・・・・・・」

「傷ついてなんかいないわ。わたくしは、今とても幸せ。阿高と一緒にいるためだったらなんだってやってみたいの。」

そう言って照れたように笑う鈴の顔が、ひどくまぶしく見えた。
胸に熱いものが込み上げてきて、おれは自分が泣くのかと思ってびっくりしたけれど、そうではなかった。



気がついた時には腕が伸びて、鈴の事を抱き寄せていた。
腕の中の鈴はふわりと温かく、花の香がした。

「あ・・・阿高・・・・・・?」





この気持ちは、なんだろう。




















あとがき・・・?

薄紅が好き!という柚子様のお言葉に力を得て載せてみました(笑)
これまた過去の遺物を引っ張り出してまいりました; コンセプトは健気な苑上と、貧乏くさい阿高で!(えぇっ!?)
いえ、そういうつもりはなかったのですが、書いているうちにそうなってしまいました。

この尻切れな終わり方なんかはどうにも歯切れ悪くて嫌なんですけどね; どうにも結びが苦手です(駄目じゃん)
阿苑はやはり良いですねvv 私、この二人の幼い感じの、でも強い絆な恋愛が大好きなんですvv

・・・もうちょっとそういうものが表せられればね、良いのですけどね(涙)