帰郷   

 



     三ヶ月ぶりの帰郷だった。




田んぼに張った水がきらきらと太陽を反射して、眩しい。


土のにおい。風のにおい。
帰ってきた、と実感する。


大学合格の報せに帰郷してから、すでに三ヶ月がたっていた。
都会での必死の一人暮らしは、あっという間で、三ヶ月もたっていたなんて信じられない気がするけれど、ここは妙に懐かしい。


ガキの頃。
何も考えずに走り回っていた頃に比べれば、このあたりの景色もずいぶんと変わった。
広々としていた田畑の間に点々とモデルハウスや宿泊施設が建ち、道路もずいぶんと綺麗に舗装されている。

「神木」として愛されてきた大木はそのままの姿を保っているが、それを取り囲む森は、同じく少しずつ切り崩され、白い小奇麗な建物が立ち並んでいた。





小奇麗な住宅郡にまぎれて、ひっそりと「あの家」も存在している。


ガキの頃、「お化け屋敷」と呼んでからかっていた「あの家」。
でも実は、子ども心に魅力を感じて、憧れていた。


今「あの家」に住んでいるのは、あいつの父親と妹の二人。
あいつの母親は早くに他界したし、あいつは今はここにはいない。

父親に倣って童話作家を目指しているあいつは、イギリスのナントカという作家に師事して留学している、とこの間帰ってきたときに母ちゃんに聞いた。





おれは今年、街の大学の農学部に入学した。
農業はガキの頃からの付き合いだし、とタカをくくっていたらこれがとんでもなく、実は一浪した。

一年間、予備校でしっかり勉強をするべく故郷を離れてから、実に一年三ヶ月が経過したことになる。


農業なんて面倒だと思っていた。
それをダサいと思うほどハイカラな子どもではなかったものの、それを素晴らしいことだ、と思うわけでもなかった。


広々とした田畑も、裸足で歩く土の感触のする道も、一日の終わりに笑顔で声を掛け合う大人たちも、当然のものだったし。

春には筍採りに山に分け入り、一緒に土筆やワラビを持ち帰ることも、夏には入道雲の下でおたまじゃくしが蛙になるのを待って捕まえることも、秋にはたわわに実ったアケビを頬張りながら散歩することも、冬には積もった雪を掻き分けて学校に行くことも、あまりにも当然のことだった。



ガキの頃には考えもしなかったことだけれど。
いま、村を離れて帰ってきてみると、その尊さが身に染みて、わかる。



世間では「宅地開発」の声が大きくなり、この村も徐々に自然を削り取られつつある。
「宅地開発」の声に反対して、畑を守り抜いた祖母も、今年の春に腰を痛めてからは、農作業に立つのが厳しくなっている。



急がなければ、と思う。

呑気に構えていたせいで、みすみす一年を無駄に費やしてしまったけれど。

一日も早く、この村の働き手になりたい、と、今は思う。



土に足をつけて。
この土地に根を生やして。
この土地を守っていきたい。





そして。





『子どもの頃にここで出会った森のヌシの話を書きたい』


そう言って、瞳を輝かせていたあいつ。
たくさんの子どもたちに、夢を与えたいと。
自然の素晴らしさを訴えていきたいと。
この村を、守っていきたいと。

そう言っていたあいつと、形は違えどおれの目的は一緒なんだ。


そう思うと、不思議と力が湧いてくる。
不思議と、誇らしい気持ちになる。









帰ってきた、おれの村。
本当にここの土地に根ざせるようになるまであと数年はかかるけれど。















「カン太ぁ〜」

とうもろこしの葉の陰から頭を出した母ちゃんに、笑顔で大きく手を振る。



「・・・ただいま!」













あとがき…?

何故トトロ?とちょっと不思議な感じです(笑)
ジブリ、大好きですよv その中でもトトロって、一番全ての人に受け入れやすい内容ではないかな、というか、大人も子どもも楽しめる、良心に溢れた素敵な作品だと思いますv

これ、例によってかなり前に投稿作品として書いたものなのです;
そろそろ夏だし、季節も合ってきたからいいかな、と出してみました。

イギリスのナントカという作家に師事している、というのは、ちょっと梨木果歩先生を意識してみました(笑)
お母さん、他界させてしまってごめんなさい…;;