**旅の途中**    2

    

 



最初は驚いて目を見開いていたペチカが、次の瞬間から怒りはじめたことは傍目にもよくわかった。
ペチカという少女は、喜びや嬉しさを表す表情はめったに見せてくれないけれど、不満ばかりはよく顔に出る。


(けど、今日のはおれが悪いよな…)


気まずそうにルージャンは頭をかいた。

「あ、あのー…」
「なんでルージャンがここにいるわけ?」

しどろもどろにルージャンが話しかけるのに構わず、ペチカがぶっきらぼうに言う。

おばあちゃんのお墓は、ペチカにとって大切な場所だ。
自分の秘密に入り込まれたような腹立たしさと気恥ずかしさで、ペチカは不機嫌だった。

「ご、ごめん…。声、かけそびれちゃって……」
「何か、用!?」
「い、いや…、その……」



完全に機嫌を損ねたペチカを前に、ルージャンはオロオロと言い訳を探す。
ルージャントいう少年は、盗賊団の団長とまともに渡り合えるほどの度胸の持ち主なのだが、ペチカを相手にすると、途端に10歳の少年のようになってしまう。


「何か…ペチカの様子がおかしかったから…。気になって…、と、言うか…」
「お、おかしくなんかないよ!そんなの余計なお世話だ!」
「だ、だから悪かった、って。おれ、もう帰るよ…。ペチカも、あまり暗くならないうちに、帰れよ…」
「………」




力なく告げて、とぼとぼと歩き出すルージャンの背中を憮然としながら見送っていたペチカだが、途端に後悔が押し寄せてくる。


(また、嫌な言い方しちゃった……)


何で自分はこうなのだろう。
この街に来て、たくさんの優しさをもらってきたというのに、自分はちっとも優しくなれていない。

他ならぬ、ルージャンだって、ペチカに優しさを与えてくれた一人だというのに。

ルージャンに悪気があったわけがない。
ただ、純粋にペチカのことを心配してくれていたに違いないのだ。



(なんで、こうなんだろう…。優しくなりたいのに…!)



思った瞬間、両手をにぎりしめて、ペチカは小さくなる背中に叫びかけていた。






「………ルージャン!!」













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呼び止められたルージャンは驚いたが、実は呼び止めたペチカの方がもっとびっくりしていた。

慌てて戻ってくるルージャンに、かける言葉が見つからない。

「ど、どうした?」

ルージャンはルージャンで、まだ何かペチカを怒らせることがあっただろうかと不安な面持ちでいる。

「あ、あの……」


何を伝いたいのかわからず、ペチカは気まずい思いで言葉を探した。


「わ、私の様子が、おかしかったって……」


ふと思いついたことを口にすると、ルージャンは非難されたと思ったようで、慌てて言いつくろった。


「あ、いや、おれの思い過ごしだったんだよな。何でもないならいいんだ。」
「うん…。何でもないよ。」


(わたし、何言ってるんだろう……)


言いながら自己嫌悪に駆られる。
ルージャンは自分のことを心配してくれたのに、ペチカは余計なお世話だ、なんて、ひどい言い方をしてしまったのだ。


(わたし、ルージャンに謝らなきゃ……)


なのに、口から出てくるのはまったく別の言葉。


「ルージャンのほうこそ、仕事、うまくいってるの?」
「あ?ああ、うん。」


予想外のことを聞かれて、ルージャンは面食らう。
ペチカがルージャンのことを聞くだなんて、不思議だった。


「動いているのは好きだし。天界の塔はもうこりごりだと思っていたけど、やっぱり面白いよ。掃除しながら、迷っちまうこともあるけど…」
「そう。…良かったね。ハーティーに、お礼しないとね。」
「ああ、そうだな。でも、何したらいいんだろうな。」


その件についてはルージャンもよく考えるのだが、なかなか良い考えが浮かばない。
それに、正直に言うと、ルージャンはハーティーが苦手だった。
仕事を紹介してくれるくらいなのだから、良い人には違いないと思うのだけれど、ルージャンを見る目に険があるような気がするのだ。


「おれ、なんかしたかなあ……」
「え、何?」


自分のことを言われたのかと思って、ペチカはどきりとする。


「いや、ハーティー…さん。何か、おれに怒ってないか?」
「ハーティーは一見怖そうだけれど、本当はとっても優しいよ。」


ルージャンの感じる感覚のわからないペチカは、けろりと言う。


「そうだ。『百本の花』で花をプレゼントしたら?わたし、オルレアさんに寄せ植えも習っているし、ハーティーのためだって言ったら、きっと素敵なの教えてくれると思うよ。」
「確かにペチカが作ったものだったら喜ばれるだろうな。助かるよ。」


ほっとして、ルージャンは言う。
でも、このことのために、ペチカは自分を呼び止めたのだろうか。なんだか腑に落ちない。

普通にペチカが話してくれることを、素直に喜べれば良いのだが、何しろこの二人の間に長年あった溝は深すぎて、とてもまだ埋められるものではない。
こんな風にペチカが話しかけてくれることも、何かの予兆のような気がしてしまう。


「話って……それだけ…?」


恐るおそるルージャンが聞くと、案の定、ペチカはぴくりと反応して、何かを言いかけた。


「あ、あの……」


そして、うつむく。


(何で、言えないんだろう…)


 
  さっきはごめんね。心配してくれて、ありがとう。


どちらも使い慣れない言葉だが、最近はそうでもなくなってきている。
なのに、何故かルージャンを相手にすると、全く言葉が出てこない。


「もう…暗いから、帰ろう…」
「あ、ああ」







帰る方向は同じだが、お互いに言葉が出ず、なんだか気まずい道のりだった。
ペチカは相変わらず自己嫌悪に駆られているし、ルージャンはペチカにまだ言い足りない不満があるのだと思って落ち着かないでいた。

天界の塔からは、ペチカの住んでいる塔の方が近い。
先にペチカの家に着いた。


「じゃ、じゃあ、おやすみ…」
「う、うん…」


ルージャンは麻袋を担ぎなおすと、ペチカに背を向けて歩き始める。


「……さっきは、ごめん」


その背中に向けて小さく言い、ペチカは急いで部屋に入った。




(何で、言えないんだろう…)


胸につかえを感じながら、扉にもたれかかる。


ルージャンはもういじめっ子のルージャンではない。ペチカももう意地っ張りのペチカは終わりにしたかった。
なのに、何故か特にルージャンに対しては意地を張ってしまう。



(……何でなんだろう……)











          ********** ********** ********** ********** **********










   ――――――― さっきは、ごめん ―――――――



しっかり聞こえていた。

ペチカが自分に言いたかったことはこれだったのだろうか。
とても不思議だった。

ペチカは以前のようにルージャンを警戒しなくなったし、友達だ、と言ってくれている。
でもきっと、昔あまりにもペチカに非道いことをしすぎてしまったせいだ。
ペチカがルージャンに対して、完全に心を許してくれてはいないことは、よくわかる。

踏み込んでしまっていけない境界というものがあり、今日はルージャンはその境界に入り込んでしまったのだ。
ペチカが怒るのは当然だと思っていたが、まさか謝られるとは思っていなかった。



(どうしたんだろうな、ペチカ )








ルージャンは、自分からはペチカに歩み寄る努力をいくらでもするつもりでいるが、ペチカがその努力をしているとは夢にも思わないのである。

ペチカの態度は、不思議で奇妙で、嬉しさは感じるものの、ひたすら首をひねってしまうルージャンだった。









**FIN**




あとがき…?

お待たせしないつもりだったのに、色々あってずいぶん遅くなってしまいました;
観凪初の続き物、後編であります。
ずいぶん釈然としないラストでごめんなさい;;

そんなこんなで、ちょっとずつ二人は距離を縮めていくんだろうなあ、という勝手な妄想です。
う〜ん、でも原作ラストで、すでにこの距離はなくなっているのかなあ〜?

意地っ張りなペチカと、ペチカにだけは弱いルージャンが好きv(笑)

笑って見逃してやってください;;