St.Valentine's Day


執行部の扉を開けて、真っ先に視界に飛び込んできたのが八木クンと尾形クンの嬉しそうな瞳だった。

「あ、上田先輩!」
「お久しぶりです〜!」




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バレンタインデーの前に三連休なんて、何かの陰謀に違いない。
溜息交じりで私は考えた。

三年前の今頃は、それでも結構どぎまぎしながらこの日を迎えていたように思う。
もっとも、勇気を振り絞って渡したチョコレートは、宮城には義理チョコとしか思われなかったようだけど。


義理チョコと言えば、今年お世話になった男の子というと、やはり執行部の面々になるのかもしれない。
けれど鳴海クンのところにはチョコレートが殺到することだろう…多分。
もしかすると、すでに彼はバレンタインにうんざりしている一人なのかもしれない。
いくらお世話になったからとはいえ、加藤クンに渡すのもなんだか気まずい気がするし。

それなのに、私ときたら、一年生の期待する仔犬のような眼差しは裏切れないという、変に律儀なところがあったりして、我ながら頭が痛くなってしまうところだ。
八木クン、尾形クンにだけ渡して、同学年に渡さないというのも妙な話だろう。


散々考えて、私はチョコレートケーキを焼いて行くことにした。
これならば「皆さんでどうぞ」と渡して、誰にも差し支えはないだろうというわけ。




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「うわ〜、これ上田サンが焼いたの??」
「感激だーっ」

執行部室にたむろしていた、会長、副会長を含めた五、六人の男子に混じり、中村夢乃が口笛を吹いた。

「さすがヒーちゃん!女の子だねぇ〜」

特別なチョコレートを用意している女の子に言われたい台詞ではないぞ。

「良かったら皆で食べて。あんまり美味しくないかもしれないけど…」

そのままそそくさと執行部室を出ようとする私に、鳴海クンはそつのない笑顔を送ってくれる。

「あれ、上田サンは食べていかないの?」

ううん、と私は首を振った。
さすがに皆が食べているところに居合わせるのは面映い。

用事は済んだ、とばかりに、私は執行部室を後にした。




……そういえば、来ていなかったな。

まああの人も、私より少々内側にはいるものの、部外者であることには違いがないし、連日通っているということでもないのだろう。


教室に戻り、二、三用事を済ませて鞄を取ると、そのまま私は家路につこうとした。


「あれ、おひいさん今帰り?」

玄関を出ようとしたところで、耳慣れた声に呼び止められる。
振り向くと、廊下を走っていたらしい江藤夏郎がきょとんとした大きな丸い目でこちらを眺めているところだった。

「うん、そうだけど。江藤クンは今日は執行部室には行かないの?」

思いついて聞いてみると、彼は大きく肩をすくめた。

「今、行ってきた。おひいさん、ケーキ焼いてきたんだってな」
「うん。皆で食べてもらおうと思って」
「ひとあし遅かったんだよな。全部食べつくされちゃってさー」
「えっ、そうだったの?」

今度は私が目を丸くする番だった。
男の子って基本的に甘いものは苦手なのではなかったっけ。

それにしても、がっくりした様子の江藤クンは、濡れてみすぼらしくなってしまった小動物のようで、なんだか哀れな風情だった。

「そうだ」

私は思い出して、鞄を探る。





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簡単なケーキを焼いてしまうと、コーティングに使ったチョコレートが少し残った。
自分で食べてしまおうとするには、少々量が多い。

少し考えて、そのまま型に流し込んで固めてみた。
すると、それなりに可愛らしいチョコになる。
余った包装紙でラッピングすると、それはそれなりに贈り物のような風情になった。

いかにも間に合わせな感が漂っている気はしないでもないけれど。

思い返してみれば、この時から念頭には一人の面影があったのかもしれない。




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「これ、良かったら食べる?」

小さなラッピングを取り出すと、江藤夏郎の顔はぱっと輝いた。
差し出した包みを両手で受け取り、こぼれるような笑顔になる。

「おれにくれるの??」

あまりにもあけっぴろげな喜び方に、私は思わず一歩退いてしまった。

「あ、あのね、喜んでるところ悪いけど、そんなたいしたものじゃないのよ?」
「いい、いい。こういうのは気持ちの問題だから」

…それじゃあ余計にまずい気がするのですが…。

「おひいさん、今帰りでしょ?鞄取って来るから待ってて?」

駅まで一緒に行こう、と、私の反応も待たずに江藤クンは身を翻した。





あまりにもくったくのない彼の喜び方に、私はしばし毒気を抜かれて立ち尽くしてしまった。



少しだけ、後悔がよぎる。

改めて、正面きってチョコレートを作れるような度胸が私にはなかったのだ、ということがわかってしまって。








…来年は…


……もうちょっと気持ちのこもったチョコレートを用意しようかな。

三年前の私のように。







江藤クンの駆け去った方を見つめていると、ふつふつとくすぐったいような気持ち良さが胸に沸いてきて、少し困った。













バレンタイン企画文だったシロモノです。

某天使様の素晴らしすぎるなつひー小説を読んだあとだったので、出していいものやら迷ったのですが;;
折角考えたし、この企画を逃すと日の目を見なさそうなので(笑)思い切って。

なっちゃんがなにやら馬鹿っぽくなってしまいました(笑)
こんな出来で申し訳なく…(へこへこ)