復興の兆し

 

「ペチカは、ここに住むのか?」

大きな瓦礫を抱えて台車に乗せながら、ふいにルージャンが聞いた。
同じく瓦礫を抱えていたペチカが顔を上げる。

「うん。ここにはみんながいるから…」
「そっか…。そうだよな」

照れたように笑うと、ルージャンはペチカの抱えた瓦礫を軽々と持ち上げて台車に乗せた。

 

ヴォーの炎に焼き尽くされたパーパスの街は、市民総出で働いてもそう易々とは復興しそうにない。
それでもペチカは、復興する人々の手があることを嬉しく思う。
街の人々も同じ気持ちのようで、瓦礫を取り除く人、塔を修理する人、皆生き生きとした顔をしている。

 

「じゃあ、俺、これ運んでくるな」
「う、うん。……あ、あの……」

台車を押し始めたルージャンがん?と振り返る。

「あ…な、なんでもない……」

ペチカがうつむくとルージャンは心配そうな顔をしたが、すぐ戻ってくるから、と言い置いて瓦礫置き場に向かっていった。

その背中を見送りながら、ふとペチカは不安に駆られる。


(ルージャンは、どうするんだろう…)


二人で天界の塔から降りて。
こうしてパーパスの街の復興に手を貸して。
当然ルージャンもパーパスで暮らしていくものだと思っていた。
けれど、気が付いてみればそんな保障はどこにもない。

第一、ペチカはルージャンに酷いことをたくさん言ってしまった。
もしかしたら、ペチカとはもう一緒にいたくないのかもしれない。

そこまで考えて、ペチカは自分の思考に驚いた。


(私、いろいろな人のことが大事に思えるようになった。ルージャンのことも…大事に思えるようになっただなんて……)


ガラガラ、という台車の音で我に返ると、帰ってきたルージャンが心配そうにペチカの顔を覗き込んだ。

「疲れたのか?だったらここに座ってろよ。ここは俺がやるから…」

気遣わしげにいうと、ぎこちなく横にある階段を示した。
ペチカはかぶりを振ると、段差を示したルージャンの指先を見ながら問いかけた。

「ルージャンは、これからどうするの?」
「え?だから、ここの片付けを……」
「そうじゃなくて……」

いったん顔を上げてルージャンの顔を見つめるが、その困惑したような表情を目にして再び俯いてしまう。

「ペチカ?」
「ルージャンは…ルージャンも、パーパスに、住むの?」
「え…俺は…」

困ったようなルージャンの声をさえぎり、ペチカは早口に続ける。

「パーパスは大きな街だし、煙突はあまりないかもしれないけれど、ルージャンみたいに高い所、掃除してくれる人がいると助かるんじゃないかな。あんまり大きな塔じゃなかったらそんなに家賃高くないし、いい人たちがたくさんいるし…」
「ぺ…ペチカ…?」
「ルージャンは、パーパス、嫌い?」
「え…そんなことは、ない、けど……」

困惑した顔のまま呟き、徐々にペチカの言わんとしていることを察したルージャンは、今度は真っ赤になった。

「お…俺、パーパスに住んで…いいの?」

 

(やっぱり…)

ペチカは密かに唇を噛む。

(ルージャンは、私と一緒にいたら、いけないって思ってる…)

ペチカが、ひどいことをたくさん言ってしまったから。

(そんなこと、ないのに…)

どうしたらルージャンに伝えられるだろう。ペチカは必死に考える。
けれども元々素直な気持ちを伝える語彙に不足している上、そもそも自分の気持ちもよくわかっていないペチカには難しい問題だった。

結局、ぶっきらぼうに言う。

 

「そんなの、私が決めることじゃない」

ルージャンがパーパスが好きなら、ペチカのことなど気にせず、住めば良いのだ。
暗に含めていったつもりだが、ルージャンは情けないほどがっかりすると、力なく笑った。

「そうだよな…。ごめん。俺、パーパスが一段落したらアルテミファに戻ろうかと思ってる」

一時期待を持ってしまっただけに、こう口にするのは辛かった。

「……そう。」

ペチカが物憂げに呟くのを不思議に思いながら、ルージャンは続ける。

「パーパスも好きだけど、な。俺といると、ペチカ、色々と辛いこと思い出しちゃいそうだし…」

(ペチカには、幸せになってほしいから)

それに、アルテミファだって結構良い街だよ、と続けようとしたルージャンを、ペチカの言葉がさえぎる。

「そんなこと、ないっ!」
「え?」
「ルージャンといると辛いなんてこと、ない」

あっけに取られるルージャンに気づく様子もなく、ペチカは必死に言い募る。

「私、嬉しいの。いろんな人のこと、大事に思えるようになった。フィツのおかげ。おばあちゃんの、おかげ。オルレアさんとハーティーのおかげ。ルージャンの……おかげ…」

「ペチカ……」

 

ペチカは真っ赤になって地面をにらみつけた。
おかげで気づいていないが、ルージャンもペチカに負けないくらい、真っ赤になっている。

 

「ルージャンがアルテミファが好きで、そうしたいんならそうすればいいよ。でも、私に遠慮しているなら、やめて。私、辛くない。……だって……」

次の言葉を言うには恐ろしく勇気が要った。

 

「友達……じゃない…」

「………」

 

 

 

 

 

しばらくの間、街のあちこちで復興に励む人々の声と、音だけが響いた。

沈黙に耐えかねて恐る恐るペチカが顔を上げると、真っ赤になったまま呆然としているルージャンと目が合う。

そして、目が合ったことで正気を取り戻したように、ルージャンはパチパチとまばたきをした。


「お、俺、パーパスに住んで…いいの?」
「だから、私の決めることじゃないってば!」

ペチカは頬を染めたままそっぽを向く。

 

そうだよな、とルージャンは笑う。
その笑みは、次第に少年の顔いっぱいに広がっていった。

 

 

 

「俺、パーパスに、住むよ」

 

 

 

 

 


あとがき…?

ルーペチです!
この二人も、もう大好きです!それぞれに辛い目に遭いながらも成長して、そうして今の二人があるわけですよね。
「復興の兆し」とは、パーパスの復興、クローシャの復興、ペチカとルージャンの絆の復興…のつもりでつけた題です。
題名付け、苦手なんです;はっきりした意図がある題はこれくらいかも、とか(苦笑)
そのまた後日談、とかも一応紙の上では作ってあるので、いつかアップしたいと思います。
読んでくださった方、有難うございましたv