**旅の途中** 1
「ツリガネ…ソウ…?」
「そう。これは?」
「え…と、クラムクラ…?」
「そう!読めたじゃない、ペチカ!店の中の花、全部!!」
「………」
営業時間の過ぎた『百本の花』の中でのこと。
ペチカは、毎日の日課である、文字を読む練習を花屋の女主人であるオルレアに付き合ってもらっていた。
ようやく花を見ないで花の名前を読めるようになった今日、オルレアは手放しで喜び、ペチカも表情には乏しいものの、頬を上気させ明るい顔をしている。
「よくやったわね、ペチカ!今度、私が昔好きだった本をあげるから、読んでごらんなさいよ。大丈夫。ペチカはやる気があるのだし、そんなに難しい本じゃないから。」
「ほ……本当ですか?」
「もちろん!ふふっ、楽しみね」
オルレアはニコニコ笑いながら、ねぎらうようにペチカの肩を叩いた。
こういった優しいしぐさにようやく慣れてきたペチカは、しばらくの間その心地良さに身を委ねた。
そして、言う。
「オルレアさん、ど、どうも、ありがとう…。あの、私、今日はこれで…」
「ええ、気をつけてね。ああそうだ、これ、今日駄目にしちゃったのよ。良かったら。」
言って、オルレアは一本の藤色の花を差し出す。
お礼を言うのがまだあまり上手ではないペチカは、あ……と言ったまま言葉を詰まらせ、代わりに大きくお辞儀をすると、そのまま店を飛び出した。
本当は気づいていた。
毎日、閉店後に花を一本買っていくペチカを、見かねたオルレアが駄目にしたふりをしてほんの少しだけ花を切り、ペチカにくれていることを。
(なんて、あったかい人なんだろう……)
その厚意に甘えてしまっている自分が恥ずかしくもあるけれど、今は嬉しい気持ちの方が勝っている。
パーパスの街に来てからというもの、ペチカは今までの分を取り返すかのように、たくさんの優しさに触れていた。
(今度は、オルレアさんのために、花を買おう!)
けれど、いま手の中にある花は。
ペチカにお母さんの次に優しさを与えてくれた人に捧げるものだった。
大切に花をにぎりしめ、ペチカは天界の塔のある方向に向かって走る。
*** *** *** *** *** *** *** *** ***
*** *** *** ***
「おつかれ」
「おつかれさん」
職員たちの声が飛び交う。
ルージャンは、一日の仕事を終えて、軽く伸びをすると麻袋を担いだ。
700レプには天界の塔は閉まり、800レプまで細々とした雑用をすると、職員たちは帰路につくことになる。
ルージャンは、ハーティーの口利きで、天界の塔の清掃係として働いていた。
ルージャンが天界の塔の頂上まで登った少年だと知ると、塔の管理人は是非にと彼に講談師の職を勧めたが―――実際講談師の給料は清掃係とは比べ物にならないものであったが―――ルージャンは慌てて肉体労働のほうが性に合っているから、と突っぱねたのだ。
大勢の人の前で一方的に話をするなんて、冗談ではないとルージャンは思う。
「よう、ルー。また明日な」
何人かの清掃係の仲間たちと肩を叩きあいながら塔を出ると、ルージャンは家とは反対の方向、広場に向かって歩き出していた。
パーパスでは年中露店が出ており、夜遅くまで露店市はにぎわっている。
ルージャンはその中のひとつに歩み寄ると、夕食用の棒パンとチーズ、粉末スープを買った。
少しはマシになったものの、生活自体はアルテミファにいた頃と、そう変わりはない。
麻袋に粉末スープの素を突っ込み、棒パンをかじりながら踵を返しかけたルージャンの視野に、見慣れた人影が映ったのはその時だった。
髪を二つに分けて結び、赤い頬をしたその人影は、ルージャンが誰よりも大切に思う少女のものだ。
(……ペチカ……?)
同じ街の、そう離れていないところに住み、働いているのだから、ペチカがいること自体は不思議ではない。
でも、その姿に、どこかいつもと違う様子を感じた。
見かけてしまった以上、放っておくこともできず、ルージャンは棒パンとチーズを麻袋にしまうとペチカの後をつけるように追いかけ始めた。
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*** *** *** ***
ペチカの向かった先は、広場の先にある馬車溜まりの、そのまた隅にある、小さな塚だった。
旅の最後にこの場所を選んだ人たちが、最後に眠るのが、この小さな塚だ。
「……おばあちゃん、テディ、遅くなって、ごめん」
ペチカはオルレアにもらった花を、塚に捧げると、見よう見まねでお祈りをした。
墓標もない塚に、ペチカはおばあちゃんの名前を刻んであげたかったが、おばあちゃんの名前すら知らないことに気づかされただけだった。
そうして気づいてみれば、ペチカの方もおばあちゃんに名を告げたことはない。
だからなのか、こうして毎日、ペチカはおばあちゃんの塚に花を手向け、一日の報告を兼ねてお祈りすることを日課としている。
金色の雨が降った、あの日。
ロバのテディの酷い傷は消え、もとの硬い毛並みを取り戻しはしたが、温かみまでは戻らなかった。寿命だったのだ。
テディがいなくなったあと、避難所で過ごすおばあちゃんは、ペチカがそばに行くと温かく笑って抱き寄せてくれたものだが、やはり目に見えて元気をなくし、街の復興を待たずにテディの後を追うように眠りについた。
本当に、眠ったとしか思えないような安らかな死に顔だったが、ペチカは一生分の涙を使い果たしたのではないかと思うほど泣いた。
(おばあちゃん、私、少しずつ字が読めるようになったんだよ)
手を合わせ、目を閉じて、ペチカは心の中でおばあちゃんに語りかける。
(いつか、いつか字が書けるようになったら。私、おばあちゃんのお墓に刻みたい言葉があるの。いい? ……おばあちゃんが教えてくれた言葉だよ……)
――――― アンティアーロ・アンティアーゼ ―――――
長い、長い旅を終えた人物に、『旅の途中』という意味のこの言葉を送るのは、失礼にあたるだろうか。
けれど、ペチカにとってこの言葉は、自分とおばあちゃんを結ぶ、大切な、大切な、特別なものだった。
(いつか、ね。それまでは、花を贈ります)
それじゃあ、明日ね。
心の中で告げて、瞳を開けると、ペチカはその場を立ち上がる。
そして振り返り―――――――――、
―――――――――― ルージャンと、目が合った。
あとがき…?
初の続き物となりました;童話物語、そのまた後日談です。
ああ、本当に童話の更新、久しぶりです;; いつも微々たる更新ですみません><
童話の方に反応をいただけたもので、思い切ってアップしてみたのですが…
死ネタ出てます…(詫)
暗くしたつもりはないです。
観凪的には、こういうのもアリかな、と思える流れだったのですが、不快になられた方がおりましたら、ごめんなさい…!!><
2で終わる予定です。
色々どうもすみません;;